バターリッチ・フィアンセ
○束の間の平穏
優しい昴さんと、こんなに心穏やかな日々が過ごせるのなら、もっと早くに告白していればよかった。
お昼前の混雑するnoixで、焼き立ての商品を陳列しながら、私は笑顔で接客中の昴さんを盗み見てそんなことを思っていた。
気持ちが抑えきれずに告白してしまったあの日からおよそ二週間。
カレンダーは九月に変わった。
昴さんはあの暗い瞳を一切見せなくなったし、私を本当に大切にしてくれている。
心からの愛情も、感じる。
あの日家を出て行った昴さんがどこで何をしていたのか。
義兄の言っていた人物が本当に彼なのか。
そういうことは、結局何もわかっていないけど……
これからもこんな日々が過ごせるのなら、知らないままでもいいかなと、思う自分がいる。
そんなことを考えながら最後のパンを並べ終えるのと同時に、誰かに肩を叩かれた。
「――ねぇねぇ、アナタたちいつ結婚するの?
もうここの常連の間では、店長さんのタキシード姿が早く見たいって話しで持ちきりなのよね」
「あ……ええと」
にこにこしながら私を見ている数人の主婦。
私が初めてお店に出たときは殺気立った視線を向けられたけど、そんなのは一過性のものに過ぎず。
今ではこうして普通に話しかけられることもしばしばだ。
「来月、結納を兼ねた婚約パーティーをすることになっていますけど、式の日取りや場所はまだ……」
それにしても、普通は“早く花嫁姿を”と言いそうなところを、“店長さんのタキシード姿”という辺りの、主婦たちの正直さには思わず笑いそうになる。
だけどそれだけ、昴さんがカッコいいということなんだろう。
何を隠そう、私も彼の晴れ姿をたまにこっそり妄想して、胸をキュンとさせているのだから。