バターリッチ・フィアンセ
「パーティ! さすが三条家のお嬢様は違うわねぇ」
世間話をするうちに、私の素性も常連さんたちの間にはすっかり広まっていた。
そしてこの辺りの高級住宅地に住んでいる彼女たちの中でも、三条家は一目置かれる家なんだと言うことを、私は改めて知った。
「――織絵! 次が焼けるからそろそろ裏下がって」
「あ、はーい」
主婦たちにぺこりと頭を下げて、昴さんとともに厨房へと向かった。
オーブンのガラス窓からパンの焼き加減を見つめる彼の真剣な表情には、仕事中だということも忘れていつも見惚れてしまう。
「……駄目だな」
「え?」」
今日もその横顔にうっとりしていたら、苦々しく呟いた彼の声で我に返った私。
「……今日も失敗」
まだタイマーは音を立てていないけれど、昴さんは構わずひとつの棚から天板を取り出した。
それは最近ずっと彼が試作を繰り返している、新しいパン。
いつか琴絵お姉様が提案してくれたように、来月の婚約パーティーに出す予定のものだ。
「私には、美味しそうに見えますけど……」
きつね色をしたサクサクのデニッシュ生地に、トッピングはくるみとチョコ。
秋の新商品としてぴったりの、素敵なパンだと思う。
「……味はな。でも、見た目がどうも気に入った形にならない。やっぱり型を買わないと駄目か……」