バターリッチ・フィアンセ
パンのことで真剣に悩み始めてしまった昴さんに、声を掛けても無駄。
それがわかっている私は、あれこれ口を出さずに言われた通りのことをやる。
そうやって彼をサポートする姿も、我ながら板についてきたんじゃないかと最近思えてきた。
相変わらず温度も湿度も高い厨房の環境にも慣れてきて、いかにもパン職人の嫁だわ、なんて思っては、一人で喜んでいる。
次の休みには、初めて二人そろって、私の実家を訪れることになっている。
父と姉ふたりと、それから私たちで会食をしながら、パーティーの段取りを話し合うのだそうだ。
真澄くんも家に居るだろうし、“もう心配はいらないわ”とその時彼に伝えようと思う。
彼の方もあれ以来特に連絡をしてこないから、新しい情報は手に入っていないのだろう。
きっと、それでいいの。
大切なのは、過去よりこれからだもの。
小麦にバターにイースト、ナッツ、フルーツ、チョコレート。
たくさんのいい香りに包まれて、隣には大好きな昴さんが居る。
それ以上に望むことなんて、私にはない。
このまま、日常に小さな幸せをたくさん感じる暮らしができたらそれでいいの――。
今日もお店と厨房を行ったり来たりと忙しい一日だったけれど、営業を終える頃には心地よい疲れと充実感で満たされていた。
これなら、結婚してからも何の問題もなく昴さんを支えて行けるわよね……
少し気が早いけれどそんな未来を夢に見ながら、私は閉店後の後片付けに勤しんでいた。