バターリッチ・フィアンセ
お父様、私がいないのをいいことに、昴さんに説教じみたことを言わないかしら。
会社のトップに立つ父は、部下にそうする必要が多いからなのか、時たまくどくどと長話をする節がある。
今回もそれだったら昴さんに申し訳ないわ……
そんな心配をしつつ、私はダイニングを出て二階の自室に向かった。
部屋の前には真澄くんがいて、私の姿に気付くと白い手袋を嵌めた手で、いつものように扉を開けてくれた。
「ありがとう。なんだか二人きりで話がしたいとかで追い出されちゃった」
「……旦那様にですか?」
「ええ、なにか“男同士”で話したいんだそうよ」
のけ者にされたことがちょっと不服で、私は口を尖らせながらソファにぼすんと腰かけ、小さくため息をつく。
でも、真澄くんとゆっくり話せる時間を与えられたのはよかったのかもしれない。
そう思って、私が口を開こうとしたときだった。
「……織絵お嬢様は。今、お幸せですか?」
傍らに立つ真澄くんから、そんな漠然とした質問が降ってきた。
会うのが久しぶりだから、近況を聞こうとしての台詞かしら、と解釈した私は、小さく頷いて話し出す。
「あなたにも心配かけたと思うけど……やっと昴さんとの生活が軌道に乗ってきたかな、という感じ。
仕事にも慣れたし、今は毎日穏やかで幸せな日々を過ごしているわ」
なんだか、惚気ているみたい……なんて、自分で言ってから思って、照れながらうつむいた私。
真澄くんなら、呆れながらも“それはよかったですね”と言ってくれるんだろう。
私はそう、思っていたのに――――。