バターリッチ・フィアンセ
「僕は、お嬢様を怒らせるために言っているわけではありません。そして、城戸さんへの嫉妬心から言いがかりをつけているわけでもない」
「じゃあ……なんだっていうの?」
基本的に喧嘩の嫌いな私が、他人に対してこんな物言いをするのは初めてのことだった。
でも、悔しかった。
自分の好きな人が信用されずに、悪く言われることが。
愛されている実感は、決して私の妄想なんかじゃない。それを真澄くんにも、わかってほしかった。
だけど真澄くんは淡々と、いつもの彼らしからぬ冷たい口調を続ける。
「……あの人は、お嬢様を愛してなんかいません」
「……っ。もうやめてよ! いい加減にして!」
「いいえ、やめません。僕は事実を述べています」
「事実って……だったら根拠を見せてよ!」
そんなのあるはずがない。だって昴さんは昨夜だって、私をたくさん愛してくれて――――
甘い囁きと、彼の温もりと、大きな安心感で私を包んでくれた、昨日の夜の昴さんを私は思い出す。
あのひとときに嘘なんてなかった。私はそう確信しているもの。
「わかりました……では、今から根拠を見せます」
真澄くんはそう言うと、執事服の内ポケットから小さな手帳のようなものを取り出した。
黒い革のカバーに、使い込んだ万年筆がクリップされているそれを、私は見たことがある。
「それは……お父様の?」