バターリッチ・フィアンセ
○腹黒い執事
-side 城戸昴-
「随分、穏やかな目をするようになったんだな……城戸くん」
織絵がダイニングを去った後。
彼女の父、三条一志(かずし)は使用人たちも全員部屋から追い出し、しかし微妙に離れている席順はそのままに、俺に話しかけてきた。
「……そう、ですかね」
彼の顔を見ずに、俺はそう呟く。
織絵を使った復讐は、もう失敗したも同然。
それでも、お見合い以来久々に対面する、直接的に恨みのある憎き相手に、やすやすと敗北宣言をするのは癪だった。
「私は……あの子に賭けたんだ」
「賭けた……?」
「……そうだ。娘の中で一番奪われたくないのが織絵だったが、でもそんなあの子だからこそ……きみの凍てついた心を溶かしてくれるんじゃないかと」
「私がそんなことを思うなんて、きみとっては心外だろうがね」……と、苦笑しながら話した一志。
――そういうことか。俺は、一志にダメージを与えるために、“自分が”織絵を選んだつもりだったけど……
それはこのオヤジの思惑通りってわけだったのか。
『あの子が一番、妻に似ているんだ――』
三年前、この屋敷で一志と向き合った時に言われた台詞。
――だから奪おうと思ったのに。
大切なものを奪われた悲しみをわからせるために。
結局、それがあだとなって、俺は自分の首を絞めたってことなのか……
認めたくない負けを痛感させられた俺は、静かに目を伏せてこう言った。
「悔しいけど、あんたの思った通りに事は運んでる。……俺は織絵に本気になった。だから、時期が来たらちゃんと彼女を手放すよ」
そう……織絵のことは、いずれ近いうちにこの家に返す。
だからもうアンタが悩むことは何もない。