バターリッチ・フィアンセ

「……ちょっと待ちなさい。なぜ“手放す”必要があるんだね?
きみが本気になったのなら、私はきみと織絵が夫婦になることを心から祝福するつもりで……」


一志が慌てた様子でテーブルに身を乗り出す。


「……親子そろって、お人好しすぎますよ」


俺は鼻で笑って、目の前の冷めた紅茶を喉に流し込んだ。



「確かに今は織絵を大切にしてます。でも、彼女に対する自分の気持ちに気付くまでは……散々彼女を傷つけるようなことをしてきました。織絵はなんにも悪くないのに。
それをなかったことにして、平気な顔でこのまま織絵を嫁にもらうなんてできないんです。
……本気になってしまったから、なおさら」



言いながら、今さら何を言ってるんだろうな。と、自分で自分を嘲笑った。


でも、織絵を愛したことで黒い感情が剥げ落ちた俺の、それが今の正直な気持ちなのだ。

か弱い、生身の女を一人傷つけた罪は重い。

俺は心の綺麗な織絵に相応しくない。



「“時期が来たら”……というのは?」

「織絵がすべてに気付くまで……それまでは、このまま偽りの婚約者でいようと思います。
でも、彼女ももう俺たちの見合いの裏に何かがあったことは勘付いているようなので、そんなに時間はないと思いますけど」

「……あの子は、泣くだろうな」



無念さを眉根の皺に刻んで、一志が言う。



「……そりゃあ、泣くでしょうね。婚約者が自分に近付いた目的が復讐だと知ったら」

「違う、そうではない」



――違う? 一志の言いたいことを計りかねて、俺は首を傾げる。


「復讐がどうのというのにも、もちろん胸を痛めるだろうが……それ以上に、きみを失ったときにこそ、織絵は泣くだろう。
……あの子はそういう子だ」



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