バターリッチ・フィアンセ


「……まさか」


いくら織絵がお人好しでも、俺の当初の魂胆を知ったら幻滅するはずだ。

今ある愛だって、きっとすぐに彼女の中で色褪せる。


自分に言い聞かせるようにそう思いながら、けれど一志の言葉には重々しい説得力があって、俺の脳裏に織絵の寂しげな泣き顔が浮かんだ。


だけど、いくら泣かれたって……俺にはどうすることもできない。



「もしも本当にそうなったら……彼女のフォロー、よろしくお願いしますよ」

「私では力不足だよ、城戸くん。なんとか考え直すことはできないのか」

「……できません」



きっぱり言い切った俺に、一志は深いため息をついた。

二人の間に気まずい空気が漂い、俺はそれに耐えかねて席を立つ。



「……織絵を呼んできます。部屋の場所はどこですか?」

「二階の……南側、廊下の端から三番目だ」



ダイニングから出ると、扉の外で待機していたらしい使用人たちが一様に俺を見てびくりと体を震わせた。

どうせ聞き耳でも立てていたんだろう。


その中にあのむかつく執事の姿がなくて、今も織絵のそばにいるのかと思ったら、思わず舌打ちをしたくなった。


俺がこの先織絵を手放すことになったら、アイツは心の中でほくそ笑むに違いない。

そういう腹黒さを、初めて会った時からあの執事には感じている。

何故かはわからないが、直感が俺にそう教えているのだ。


だから、俺はぎりぎりまでアイツを敵対視することを止めない――。


大きならせん階段を上がり織絵の部屋と思われる扉の前まで来ると、俺は少々荒い動作で、そこを二度ノックした。



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