バターリッチ・フィアンセ

俺はとりあえず、胸の中でしゃくり上げる織絵を安心させるように、柔らかな髪を静かに撫で続けた。


彼女が羽織っていたはずの薄手のシャツはベッドの上で丸まり、細いキャミソールの紐がずり落ちた肩がは小刻みに震えている。

それを見ていると、沸々と湧きあがる伊原への怒り。

……やっぱり、アイツには裏の顔がある。

この家で、織絵を一人にするんじゃなかった。

俺のせいで……織絵に怖い思いをさせた。



「織絵……なにがあったか、話せるか?」



少し身体を離し、涙の跡で濡れる頬を指で拭ってやりながら、俺は尋ねる。


「アイツに乱暴されたのか?」


織絵は少し間を置いてから、震える声で答えた。



「……もし、誰も来なければ……きっと、真澄くんは私を……。
でも、大丈夫でした……昴さんが、来てくれたから……」



――よかった。最悪の事態にはならずに済んでいたんだな。

心から安心した俺は、もう一度織絵を強く抱き締める。



「……親父さんにこのこと言って、あいつクビにしてもらおう」



この家に伊原がいる限り、織絵の身は常に危険にさらされていることになる。

いつか俺が守ってやれなくなる日が来るのだから、その前に奴を排除しておきたい。

そんな俺の思いを知りもしない織絵は、俺の胸の中でこう呟く。



「……それは、できません。お父様に、心配を掛けたくないから……」


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