バターリッチ・フィアンセ
まさか……まさか、ね。
ゆっくりクローゼットを閉じた私は、部屋の他の場所にも違和感がないか確認して回った。
けれど特に変わった部分は見つけられず、私はお店の方へ行ってみることにした。
着替えなんてどうでもよくなって、部屋着のまま、靴もつっかけただけの状態で、一階の厨房を目指す。
だけど……
「いな、い……?」
彼がいれば、明かりが点いているはずのその場所は、扉の窓ガラスを見る限り真っ暗な状態で。
何より、この時間に一階に降りれば当然感じるはずの芳ばしい香りが、少しも漂っていなかった。
無駄だとわかっていても一応ドアノブを回してみたけれど、やっぱりそこは鍵がかかっていた。
じゃあ、昴さんは一体どこへ……?
今日は定休日でも何でもないし、いつもと変わらぬ忙しい一日を過ごすことになるはずだと思っていたのに。
状況が全く飲みこめなくて、そのまま外に出て店の入り口にまわってみると……見慣れない張り紙がしてあって、私は目を見開いた。
“誠に勝手ながら、無期限休業とさせていただきます”
「そん、な……」
朝の明るい日差しに照らされながら、私は崩れるようにその場に座り込んだ。
これはいつ書いたの? 私が眠っている間?
思い起こされるのは、昨日もらったたくさんの優しいキスと彼のぬくもり。
あれは……サヨナラの代わりだったの?
「ありがとう」――その言葉が、終わりを意味していたなんて――。