バターリッチ・フィアンセ
「……城戸さんはもう帰って来ませんよ」
「……!? なんで真澄くんがそんなこと……」
「“お嬢様はあなたが自分に近付いたのが復讐目的であることを知っています”彼にそう言ったのは僕です。
その時に、城戸さん本人の口から聞きました。“夫婦ごっこもここまでか”――――と」
「夫婦、ごっこ……」
うわごとのように、私は呟く。
その台詞はショックだった。たとえ正式な婚約がまだでも、二人の生活がおままごとだなんて私は一度も思ったことはない。
一分一秒が大切な思い出で、時間を重ねるごとに昴さんへの愛しさも募っていったのに……
「――いい顔をされますね、お嬢様」
ふいに、白い手袋を嵌めた長い人差し指が、私の顎をくい、と持ち上げた。
「真澄くん……?」
私の見間違いでなければ、彼は小さく舌を出して、自分の唇をそっと舐めているように見えた。
まるで、大好物を目の前にしたみたいに。
私が怪訝な顔で彼を見つめ返すと、その表情はすぐに消えてしまったけれど……
「とにかく、家に帰りましょう。……今後のことは、それからです」
「今後の、こと……」
「ええ。パーティーは中止にしなければなりませんし、お嬢様を支える新しいパートナーも必要でしょうし」
新しいパートナー? そんなの、この状況で考えられるはずが……
「――たとえば、僕とか」
そう言って微笑んだ真澄くんの目には、私を心配するいつもの優しさとは違う……
暗く、けれど妖しくきらめく何かが見え隠れしているような気がした。