バターリッチ・フィアンセ


「――それで、何があったの?」


ベッドのふちに腰かけた姉に聞かれて、私の瞳にさっき恐怖から滲んだものとは違う種類の涙が浮かぶ。



「……いなくなってしまったの、昴さん」

「いなくなった……?」

「今朝になったら、部屋に彼の姿がなくて、お店には“無期限休業”の張り紙がしてあって。……でも、どこに行ってしまったのか全然見当もつかないの」



こうして誰かに話していると、今朝の悲しみまでもが再現されてくる。

私はそれ以上何も言えなくなり声を詰まらせた。


琴絵お姉様なら、こんな時どうするだろう。

……なんて、彼女は義兄にちゃんと愛されているから、そんなことは考えるだけ無駄よね。

家出をしたとき、義兄はあんなに焦って迎えに来てくれたもの。

たとえケンカの原因が、サンドイッチというささいなものだとしても――。



「ねえ織絵、私ね、陽一さんに聞いたんだけど……」



ふいに、曇った表情で語り出した琴絵お姉様。


「やっぱり、彼が昔会ったことがあると言っていたのは城戸さんらしいの。人違いなんかじゃなかったって」


ああ……そのことなら、私も知っている。

父の日記を見た時に、すべてが一本の線でつながったのだ。

あの病院で何があって、どうして昴さんが私に近付いたのかが……



「彼のお母様も……同じ病院であの夜に亡くなっていたからでしょう?」

「……織絵、知っていたの? じゃあ、彼とのお見合いの理由も?」

「ええ。……でも、私にはそんなの関係なかった。それを知っても戻れないくらいに、彼に惹かれてしまっていたから……」



そう言って布団をぎゅ、と握りしめる私の手に、姉はそっと自分の手を重ねた。

今はそんな風に優しくされるとすぐに目と喉の奥が熱くなってしまう。


私って……こんなに弱かったんだ。

こんな自分は、昴さんを愛してから初めて知った。

愛が人を強くするなんて嘘だわ。

浮き彫りになるのは、弱くて頼りない自分ばっかり……


< 159 / 222 >

この作品をシェア

pagetop