バターリッチ・フィアンセ
――ピンポーン。
家のチャイムだと思われる音が鳴り響き、私はびくりと身体を震わせた。
来客かしら……? いずれ城戸さんの妻となるかもしれないとはいえ、ここは出るべき? 出ないべき……?
玄関前を映すモニターでもあればいいものの、それらしきものは見当たらない。
とりあえず息を潜めて来訪者の出方を窺っていると、今度は軽く扉がノックされ、その向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お嬢様、織絵お嬢様はいらっしゃいますか?」
――真澄くん。
ほっと胸を撫で下ろして玄関まで行き、扉を開けるとやっぱりそこには彼が居た。
その誠実そうな黒い瞳を見るなり、犬小屋のようなこの部屋で、あのなかなか本性の見えない城戸さんと生活するんだという不安が溢れて、ホームシックにも似た気持ちが私を襲った。
「真澄くん……」
「どうしました? お嬢様のお荷物をお持ちしたので伺ったのですが、今ご都合が悪ければ出直してきま――」
「行かないで」
思わず、真澄くんの執事服にしがみついてしまった私。
子供みたいだと思わなくもなかったけれど、母が居なくなってからというもの、私の心のよりどころは仕事で家を空けることの多い父より、いつもそばに居てくれた真澄くんだったから。