バターリッチ・フィアンセ
そして散々悩んだ挙句
“無期限休業”――そんな曖昧な表現になってしまった。
noixの店舗は織絵の父親にタダで借りていたものだから、そのうち他の誰かに貸すことだってもちろんあるはず。
そしたら、こんな紙無意味なのにな……
部屋から出て店のガラス戸にそれを貼り付けると、感慨深いものがこみあげてきた。
専門学校を卒業してから他店で二年間修業をして、それからここに店を構えることになり今年で四年。
今でこそ固定の常連客を獲得できるようになったが、最初の頃はかなり苦労した。
売れ残るパンの量が尋常じゃなくて、家に帰って食事代わりにそれを噛みしめると悔しさがこみ上げてきて。
店の立地は悪くないし、何より自分の作るパンの味には自信があった。
それなのに、俺の店には客が来ない。
きっと、何かきっかけが必要なんだと漠然と感じ始めたときに始めたのが、ブログを書くことだった。
店の基本情報、商品のこと、それから思い切って、ときには自分の顔写真も載せた。
母が言うには父親似らしいこの顔は、自分ではよくわからないがどうやら“イケメン”と形容される部類に入るらしいと経験上知っていたから。
たとえば顔写真に惹かれて来店した客がいたとしても、それはそれで構わない。
そんなのは最初の一度だけで、結局はパンが美味しくなければその人だって二度と店には来ないと思うし。
自分の持っているものなんて、パンを捏ねる技術以外にそれくらいしかない。使えるものは使ってやる。
そう開き直ってからしばらくすると、今まで閑古鳥が鳴いていたのが嘘みたいに店は軌道に乗り始めた。
“そろそろ時期が来たのかもな……”と、静かな炎を胸にともしたのも同じ頃。
俺は三条家を訪れ、復讐の第一歩を踏み出そうとしていた。