バターリッチ・フィアンセ
「――織絵様、旦那様がお呼びです」
「お父様が……?」
よかった……。真澄くんはそのことをただ伝えに来ただけなのね。
「わかったわ」と返事をして涙を拭うと、私は立ち上がって、扉の外に立つ彼の脇を黙ってすり抜けようとする。
そしてすれ違う瞬間、真澄くんが静かにこう言った。
「僕も、一緒に呼ばれています」
「え……?」
私が立ち止まっている間に、彼は部屋の扉を閉めてしまった。
まるで、琴絵お姉様の目から逃れるように。
「……ですから、旦那様のお部屋まで同行させていただきます」
その言葉に、何か他の意味が含まれているように聞こえてしまうのは私の気のせい……?
警戒して彼のそばから一歩後ろに下がると、彼は鼻で笑って私の耳元でささやいた。
「大丈夫です、さすがに廊下では他の使用人の目もありますから、お嬢様をどうにかしようという気はありませんよ?」
「…………っ!」
ぞわりと、全身に鳥肌が立った。
やっぱり……“あの”真澄くんのままだ。
「さ、早くいきましょう。おそらく婚約パーティーの話かと思いますので」
「パーティー? それは昴さんがいなくなってしまったから、中止のはずじゃ……」
不思議に思って尋ねると、彼はストレートの黒い前髪をさらりと掻き上げ、私に向かって妖しく微笑んで見せる。
「先日、僕から旦那様に提案してみたんです。城戸昴が姿を消してしまった今、傷ついた織絵様を支える人材が必要なのではないかと。
――――新しい“婚約者”として」