バターリッチ・フィアンセ
「――失礼します」
執事とは思えないほど堂々とした仕草で父の部屋に入っていった真澄くん。
私はその後ろで唇を噛み、二人がどこまで勝手に話を進めているのかをとりあえず探ろうとしていた。
「ああ、二人ともそこに座りなさい」
デスクに座っていた父はいつもと変わらず穏やかな様子で私たちを出迎えた。
そして私たちを応接用のソファセットに座らせると、自分は庭のよく見える出窓の方へ近づく。
「……前に伊原に提案されていたことだがね」
「はい。具体的にはどういたしましょうか」
はきはきと受け答えをする真澄くんは、ソファの上で少し前のめりになっていて、どうしても、婚約の話を前向きに進めたいみたいだ。
……反論のタイミングを逃してしまえば、私は本当に彼と結婚することになってしまいそう。
そんなの、絶対にいやよ……
「――お父様。私はたとえ自分をよく理解する真澄くんが相手だとしても、昴さん以外の人と結婚する気はないわ。
この話は、これで終わりにしてください」
隣に真澄くん本人がいる中で毅然とそう発言するのはとても勇気が要った。
あからさまに忌々しげな視線も、隣からチクチクと感じる。
でも、自分の気持ちに嘘をつくことはできない。
私はまだ昴さんが好き――。
傷ついた自分を癒すために他の人と婚約するなんて、そんなの間違っているわ。
しばらく黙って窓の外を眺めていた父だったけれど、やがて私たちの方を振り返ると、静かに呟いた。
「……織絵の言う通りにしよう」