バターリッチ・フィアンセ
「お父様……」
「旦那様! 何故です……!?」
慌てた様子で席を立った真澄くんを見て、父は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「……きみの目的は知っていたよ。
でも、これまで織絵といるときのきみに危険な雰囲気は何一つ感じられなかったから、あえてそのままにしていたんだ。ところが、最近になってきみは不穏な動きを見せるようになった。
……それは、城戸くんが自分の思うように動かなくなったからだろう?」
私には意味の分からない話だったけれど、隣で立ち尽くす真澄くんの拳は、小さく震えていた。
「私は、妻の体調が思わしくなくなった頃から、多くの人を傷つけて生きてきたようだ。
城戸くんやきみを追い詰めてしまったのは、他でもないこの私。今さら謝っても取り返しはつかないが、きみにも、きみの家族にもひどいことをした。
……本当に、すまなかった」
「旦那様……」
父がこんな風に誰かに頭を下げるのを、私は初めて見た。
お父様が関わっていたのは、昴さんのお母様の死だけではないと言うこと……?
「今さら、謝られたところで、許せるはずがないのに……どうして僕は今、救われたような気持になっているのでしょうね」
弱々しい声で、真澄くんが言った。
彼はそのままストンと腰を下ろすと、疲れたように額に手を当ててまた口を開く。
「僕も、城戸昴も……織絵お嬢様のそばに居たせいで、随分と毒気を抜かれてしまっているようです……」
「……そのために、きみを織絵専属の執事にしたんだ。この子の優しさには不思議な力がある。
城戸くんと織絵を見合いさせたのも同じ理由だ」
「ふ……策士ですね」
「自分のせいで憎しみの感情に喰い尽くされそうになっている若者たちを、どうしても救いたかっただけだよ……
せめてもの、罪滅ぼしに」