バターリッチ・フィアンセ
父の言葉に一度大きく息を吐き出した真澄くんは、しばらく瞳を閉じたあとで、私の方へ向き直った。
――あ。いつもの真澄くん、だ……
その優しい表情に、真摯な眼差しに、私の心が恐怖を覚えることはもうなかった。
「……織絵様。数々の無礼な行動、申し訳ありませんでした。あなたに罪はないのに、怖がらせてしまいましたよね」
「ううん、いいの。きっと真澄くんの心にも、棘が刺さっていたのね。それが痛かったんでしょう?」
――お姉様に聞いた猫の話。それは昴さんだけでなく、きっと真澄くんにも当てはまる。
痛いって上手く伝えられないから、噛みついてしまうのよね?
本当は、優しい心を持っているのに……。
「棘……ですか。確かに、そうですね。……でも、それだけでもありませんよ?」
ふわりと、真澄くんが微笑んだ。
それだけじゃない……? 意味が解らずに首を傾げる私を見て、父が呆れたように言う。
「……全くお前は。優しいのはいいが、どうもそういう方面には鈍感すぎるようだな……」
……私が、鈍感? お父様ったら、いきなり何を言うの?
「そのようですね。……でも、僕にとってはその方がいいんです。これからまた、本心を隠してお嬢様の側にいられますから。
――と言っても、城戸さんが見つかるまでの、ほんの少しの間だけでしょうけど」
「……きみもなかなかつらい立場だな」
「ええ。でももう慣れましたよ」
すると二人は何故か和やかに笑い出し、私だけが蚊帳の外でなんだかつまらなかった。
だけど、真澄くんが以前のような優しい彼に戻ってくれてよかった。
昴さんに対して抱く好意とは種類が違うけれど……
真澄くんだって、私にとって大切な人に代わりないもの。