バターリッチ・フィアンセ


真澄くんとともに自室に戻ると、そこに琴絵お姉様の姿はもうなかった。

私はベッドに腰を下ろしつつ、二人になったら聞いてみようと思っていた質問を真澄くんに投げかけた。



「ねえ、真澄くん……お父様の言っていた“多くの人を傷つけて生きてきた”……って、どういう意味?」



多くの人……その中には昴さんも含まれているのだろうけど、真澄くんにも、そして彼の家族にも、ひどいことをしたと父は言ってた。

娘の私には、それを知る権利があると思う。


真澄くんは寂しげに微笑んだ後で「隣に座っても?」と尋ねてきた。

小さく頷いた私の隣に浅く腰かけた彼は、静かな口調で語り始めた。



「――僕の父は、旦那様の直属の部下でした。
旦那様が忙しく、手が回らない仕事があれば父がフォローし、会社にとって重要な決め事があるときには、旦那様は必ず父に相談していたそうです。
そんな堅い信頼関係で繋がれていた二人ですが、ある時を境にそれは崩れて行ってしまうことになります……」

「……もしかして。私のお母様のことで……?」



真澄くんは前を向いたままで、コクリと頷いた。


やっぱり、そうだったのね……。

父が常軌を逸するのは、いつだって母のことが絡んだ時。

そんな父をただ痛々しいと冷めた目で見ることができないのは、母に対する父の愛情深さをずっと近くで見て来たから。

常軌を逸してもおかしくないと思わせられるほど、両親二人は仲睦まじかったから。



「奥様の具合が思わしくなくなると、旦那様は仕事を放り出して、奥様の看病を第一にするようになりました。
……客観的に見れば、美しい夫婦愛だと思います。だけど、その皺寄せは全部僕の父のもとに集まっていて――――」



真澄くんの父は、働き過ぎて体を壊し……

もともと医者に行くように勧められていたのに、忙しさから放っておいた持病が悪化。


それから亡くなるまでは、あっという間だったのだと、真澄くんは落ち着いた様子で話した。


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