バターリッチ・フィアンセ
○愛しいぬくもり
-side 城戸昴-
――このパンに使う生地は、本来なら15~20時間前に作っておき、冷蔵庫で冷やしておかなければならない。
それを当日から準備しなければならなかったため、バターを織り込みながら、途中途中冷凍庫で冷やし、なんとか基本の生地を作り上げた。
「――フォンダンは?」
「できてます、ここに」
「くるみのローストは?」
「ちょうど冷めました!」
……さすが三条家に仕える調理人たち。仕事が早い。
すでに適度な柔らかさになっているフォンダン(固形状の砂糖)の入ったボールを受け取ると、俺はそこに砕いたくるみを加え、ヘラで混ぜ合わせて行く。
さっき作って冷やしておいた生地を包丁で分割すると、その中にくるみとチョコレートを巻き込んで、成形する。
俺の思い描く形にするための型があるかどうかが心配だったが、この家の厨房にはなんでもあるらしい。
理想の形、大きさのものを調理人が出してきてくれて、無事にオーブンまで入れるところまでの作業が完了した。
「……15分で焼きあがるから。あとは、アンタたちでなんとかして」
俺は借りていたエプロンを作業台に放ると、厨房をあとにしようと裏口の扉に手を掛けた。
俺の役目は果たした……
本当なら、彼女がちゃんとあれを食べてくれるかどうか、見届けたいところだけど……
今の俺にはそんなことはできない。
俺はこれ以上、ここに居るべきじゃない。さっさと家に帰るんだ……