バターリッチ・フィアンセ


ピンク色のコスモスの大群が綺麗に植えられた、広すぎる庭を横切って門の方へ向かう。

織絵の部屋の窓からも俺の姿は見えるのだろうけど、今は起き上がれない状態だろうから俺がここにいることを気づかれる心配はない。


この頃ようやく秋らしくなってきた風がコスモスを揺らす音を聞きながら、俺は呟いた。



「……こんな薄情な奴、さっさと見限れよな」



織絵はどうやら、俺が自分の側から姿を消したことにショックを受け、食事を受け付けなくなったらしい。

そのことを、今朝俺の家を訪れたあのいけ好かない執事、伊原真澄の口から聞かされた。

徐々に痩せてきた彼女を心配して、三条家に勤める調理人たちが手を尽くしたものの、何を作っても織絵の食欲は回復しないのだそうだ。



『あなたの作ったパンが食べたいと……お嬢様はそう言ってます』



そんなことを言われても、俺にはどうしてやることもできないと、一度は伊原の頼みを断った俺だったが。



『……このままでは点滴で栄養を取るしかないと、お嬢様を診てくださった医師は言っていました。でも、織絵様はそれすら嫌だとおっしゃって……
お願いです、城戸さん。お嬢様には気づかれないようにあなたを屋敷にお連れしますので、どうかお嬢様のためにパンを焼いてくださいませんか……』



伊原はそこまで言うと、うちのぼろアパートの玄関先で膝を付き頭を下げようとしていたので、俺は慌ててその腕を掴んで立たせた。


……コイツが俺に頭を下げるなんて、よっぽどのことだ。

織絵の具合はそんなに悪いということか……



『……わかったよ。その代わり絶対織絵に悟られないようにしてほしい。俺は役目を果たしたらすぐに帰る』

『城戸さん……このご恩はいつか必ず』

『いーよ別にそんなの。むしろ二度と俺の目の前に現れるな』



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