バターリッチ・フィアンセ
やっぱり、伊原の言っていたことは嘘だったんだ。
奴にまんまとハメられたことは悔しいし、こんな展開は予想外だったけど……
――織絵が元気でいる。
それをこの目で見ることができて、安堵している自分を否定できない。
そしてしっかりと繋いだ手のぬくもりは、俺の心を少しずつあたためて、ここから逃げ出そうという気持ちを奪っていった。
屋敷の正面の門からはかなり遠ざかり、さっき見たばかりのコスモスが辺りを埋め尽くす場所まで来ると、織絵の足がぴたりと止まった。
俺に背を向ける彼女の表情は見えないが、深呼吸をしているらしい彼女の肩が、上下に動いていた。
「昴さん……」
やがて頼りない声でそう呼ばれて、俺の中に様々な憶測が駆け巡る。
――何を言われるだろう。
織絵はあれからどんな思いだった?
伊原の話は嘘だったのだから、俺が勝手に居なくなったところでなんともなかったのかもしれない。
こんな風に俺を連れ出したのも、ただ文句を言おうと思ったからで……
そんな勝手な想像をして勝手に傷ついていると、ふいに鼻先を、甘い香りがかすめた。
顔を上げると、溢れんばかりの涙を大きな目に溜めた織絵の顔が間近にあって、背中にそっと、彼女の腕が回される。
「逢いたかったです……とっても」