バターリッチ・フィアンセ
「――お嬢様、旦那様からまた“あれ”を受け取りました」
「……また? 見ないって言ってるのにお父様ったら」
「それだけ織絵(おりえ)お嬢様のことが心配なのですよ。ここに置いておきますね」
日頃から私の世話を焼いてくれている執事の真澄(ますみ)くんは、百枚くらいありそうな書類の束を私の机の上に置いた。
「ありがとう、真澄くん。疲れたでしょう。一緒にお茶でも飲まない?」
「織絵お嬢様がよろしければ。今日のお飲み物は何にいたしますか?」
「アールグレイ。ストレートでね」
「かしこまりました」
穏やかな笑みを浮かべ、私の部屋から出ていった真澄くん。
執事とはいえ同い年なのだから、敬語はやめて欲しいと言っているのにそうしてくれない。
女子しかいない学校を、大学までエスカレーター式に上がってきた私は、男の人と接する機会の少ない人生送ってきた。
だから、年の近い真澄くんとはもう少し親しく話がしたいんだけれど……
ふう、と息をつき、くつろいでいたソファから立ち上がる。
そして机に近づくと、真澄くんが置いていった書類の一番上を手にとった。
それはまるで履歴書のようなもので、一人の人物の経歴が書き連ねてあり、顔写真まで貼り付けてある。
“靴職人”……一番上の男性の職業はそうだった。
なんだか、いつもお父様が選んでくる人たちと違う。
私はためしに、二人目の書類にも目を通してみる。
パン工房“noix(ノワ)”のパン職人……城戸(きど)昴。
パン……は、好きよ、私すごく。
そんな単純な理由で、私はその花婿候補の履歴書を、他のものとは別にしてじっくりと読み始めた。
真澄くんがお茶を持ってきたことにも気づかないくらい集中して。