バターリッチ・フィアンセ



「――お嬢様、旦那様からまた“あれ”を受け取りました」

「……また? 見ないって言ってるのにお父様ったら」

「それだけ織絵(おりえ)お嬢様のことが心配なのですよ。ここに置いておきますね」


日頃から私の世話を焼いてくれている執事の真澄(ますみ)くんは、百枚くらいありそうな書類の束を私の机の上に置いた。


「ありがとう、真澄くん。疲れたでしょう。一緒にお茶でも飲まない?」

「織絵お嬢様がよろしければ。今日のお飲み物は何にいたしますか?」

「アールグレイ。ストレートでね」

「かしこまりました」


穏やかな笑みを浮かべ、私の部屋から出ていった真澄くん。

執事とはいえ同い年なのだから、敬語はやめて欲しいと言っているのにそうしてくれない。

女子しかいない学校を、大学までエスカレーター式に上がってきた私は、男の人と接する機会の少ない人生送ってきた。

だから、年の近い真澄くんとはもう少し親しく話がしたいんだけれど……


ふう、と息をつき、くつろいでいたソファから立ち上がる。

そして机に近づくと、真澄くんが置いていった書類の一番上を手にとった。


それはまるで履歴書のようなもので、一人の人物の経歴が書き連ねてあり、顔写真まで貼り付けてある。


“靴職人”……一番上の男性の職業はそうだった。

なんだか、いつもお父様が選んでくる人たちと違う。


私はためしに、二人目の書類にも目を通してみる。


パン工房“noix(ノワ)”のパン職人……城戸(きど)昴。


パン……は、好きよ、私すごく。

そんな単純な理由で、私はその花婿候補の履歴書を、他のものとは別にしてじっくりと読み始めた。


真澄くんがお茶を持ってきたことにも気づかないくらい集中して。


< 2 / 222 >

この作品をシェア

pagetop