バターリッチ・フィアンセ
「……嘘だよ。わかってる。まさか予定通り今日やるとはな。……だから俺はパン作らされたんだろ?」
「正解です」
「あーあ……ほんとあの執事にはしてやられたわ。絶対後で仕返しする」
気だるげに髪を掻き上げた昴さんがおかしくてクスクス笑っていると、頭上から噂の人物の冷めた声がした。
「……仕返しとは穏やかじゃないですね。むしろこちらは感謝して欲しいぐらいなのですが」
「…………げ、出た」
顔を上げた昴さんの表情が引きつる。
その視線の先には、予想通りの執事服。
「いつまで経っても屋敷に入って来ないので、呼びに来ました。
お嬢様、そんなところに座られていては、せっかくのドレスが汚れてしまいますよ?」
「――あ、いけない!」
ぱっと立ち上がってスカートを見たけれど、幸い皺にはなってみたい。
少しだけついていた芝生のかけらを手で払うと、私はほっと息を付く。
「お嬢様は、髪とメイクを少し手直しされたらすぐに車の方へ。城戸さんは着替えからですね。僕がお手伝いします」
「……え。いいよ、一人でできるし。つかどうせ手伝ってもらうなら可愛いメイドがいいんだけど」
「織絵お嬢様の前でなんてことを言うんですかあなたは!」
……また、始まってしまった。
この二人はどうして、顔を合わせればこうなってしまうの?
「……マジに受け取るなよ。だから嫌いなんだお前」
「僕もあなたのことは大嫌いです」
「おー、よかった。両想いで」
「……とにかく早く屋敷の中へ。“僕が”脱がせて差し上げます」
最後の台詞を言った真澄くんの声色はいつもより低くて、昴さんが怪訝そうに眉を顰める。
真澄くんはそんな彼の腕を無理やり引っ張って立たせ、昴さんを屋敷の中へと連れて行った。