バターリッチ・フィアンセ
○最高級のバター
300人以上が集まった盛大なパーティーは、父からの挨拶に始まり、私と昴さんの簡単な紹介、そして芸能人のように婚約指輪を披露すると、乾杯を合図に立食形式の自由な食事が始まった。
「――ええ、朝は早いです。毎日起きるのは夜中の三時半で……」
「それは大変だ。よっぽど彼に惚れていないとできないことだろう」
「そうなんですよ。父親としては複雑な心境でして……」
本当は昴さんとともに、お客様方に挨拶して回るところなんだろうけど……
今の彼は忙しすぎて、私の隣に居るのはお父様だ。
「彼の方も、織絵さんに首ったけのようじゃないですか。この新作パンは、あなたをイメージしたとか」
父の会社関係の知り合いだという紳士が、お皿の上のハート形のパンを手に取る。
「私もさっき初めて知ったんです……もちろん嬉しいんですけど、これがいざお店に並ぶとなると恥ずかしいです」
照れ笑いをしながらそう説明して別れると、私は料理の並んだテーブルの端で、主役なのにパンを取り分ける昴さんに目をやった。
――これは、本当についさっき聞かされたこと。
昴さんが悩みながら生み出した秋の新作パンは、なんと私をイメージしたものだったのだ。
トッピングがチョコくるみなのは、とても単純な理由。
私は彼のお母様と同じで、くるみが好きだから。
(彼曰く)私の唇がチョコレートのように甘いから。
それから、クロワッサンのように生地にバターがたくさん使われている理由は……
『――織絵って、俺に抱かれてる時、バターにそっくり。俺の手で、柔らかくなって、伸ばされて、捏ねられて。しまいには溶けちゃうしさ』
耳元でこっそりそんなことを囁かれた私が、恥ずかしさで全身沸騰したような状態になったのは、食事が始まる直前。
さすがにそんな説明は私にしかしてないだろうけど、“私をイメージして作った”というのは、パンを取りに来た人みんなに説明しているようだった。