バターリッチ・フィアンセ


「俺が寝てるのは、そこ」


昴さんの方を極力向きたくないのに“そこ”を確認しなければならなくなり、私はそうっと彼を見る。

体幹が細いわりに腕が逞しいのは、パン作りのせいなのかしら……なんて思いながら、視線を彼の指先に移動させると。

その人差し指が示しているのは天井の一部。そこには小さな四角い扉があって、金属の取っ手がついている。


「……お部屋、なんですか? あそこ」

「ロフトも知らないの? お嬢様って。今の季節はちょっと暑いけど、なかなか落ち着く空間なんだ」


ちょっとどいて、と昴さんに言われ、広い(この家の中では)居間の方に移動すると、どこからか金属の長い棒を出してきた昴さんが、折れ曲がった先っぽを器用に天井の取っ手に引っ掛けた。


なんと、そこから出てきたのは折り畳み式の階段。


「……素敵」


小さな頃、冒険小説を読むのが好きだった私。

実際にそういう遊びをするのは父に禁じられていたから、宝物のある洞窟も、丸太で作ったイカダも、いつも空想でしか思い描けなかった。

でも、目の前にある隠し階段と、その先の天井裏に部屋があるというのは、私の想像していた“秘密基地”にそっくりだわ……!


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