バターリッチ・フィアンセ
「病院終わったら、すぐ連絡してくれよな」
「わかりました。……もし一番忙しいお昼どきだったら?」
「関係ないよ。連絡くるまで仕事に身入んないと思うし」
「……他の職人さんたちに驚かれちゃいますね。鬼のかく乱だって」
「鬼、ね……」
鼻から息を漏らして苦笑した昴さんだけど、若手に指導するときの彼は、本当に厳しいのだ。
厨房から店内に彼の罵声が漏れて、お客さんがびっくりすることもしばしば。
でも、それは彼が若手に期待している証拠だって本人たちも気づいているから、彼らは何度怒られても反発したりせずに、ちゃんと昴さんを尊敬しているみたい。
私としては、もうちょっと優しく教えてあげたらって思うこともあるんだけど……
職人の世界のことに首を突っ込んじゃいけないかなと思って、黙って彼らを応援している。
「――この子にも早く、パパの働く姿を見せてあげたいな」
「え。見せなくていいよ。怖がられたらショックだし」
「ふふ、あり得ますね。でも、その分カッコいい仕事なのよって、私が言い聞かせます」
「……大丈夫かな」
そうぼやいて頭を掻く昴さんだけど、私は絶対この子に働くパパを見せてあげるつもり。
小さな体を抱き上げて、私はこう言うんだ。
仕事中は少し怖いけど、それは自分の職業に誇りを持っている証拠。
ほら、お客さんの顔を見て?
あの人も、あの人も、笑っているでしょう?
パパは、とっても多くの人を笑顔にしているのよ。
愛を込めて捏ねた生地に、美味しいトッピングを乗せて。
オーブンでふわふわに膨らませたら、幸せな香りが漂うの。
ママは、そんなステキな仕事をしているパパが大好き。
ほら、いい香りがしてきた。
ママの好きなくるみパンが焼けたみたい―――
バターリッチ・フィアンセ
END