バターリッチ・フィアンセ
「あの、私でよければ何か作りましょうか!」
私の申し出に、昴さんは驚いたような顔をした。
「……え、意外。料理とかできんの?」
「ちょっと付け焼刃的なところは否めませんけど、練習したんです。簡単な家庭料理と、それから母の得意だった料理ならできます」
「母……」
急に昴さんの顔色が変わり、目つきが険しくなる。どうしてかと疑問に思いながらも、私は話を続けた。
「ええ、うちには数人の調理人がいましたけど、母は自分で料理をするのが好きだったんです。
特に美味しいのは牛肉とお野菜をトマトと赤ワインで煮込んだもので――」
「……いいや、やっぱ」
「え?」
昴さん、牛肉は好みじゃなかった……?
「今日は織絵も疲れただろうし、俺なんか買ってくる」
「そんな、いいですよ。私は今日働いてないんだし」
「お嬢様って牛丼とか食える?」
……牛のせいじゃないみたい。じゃあどうして私に料理させたくないみたいに言うのかしら。
「多分、食べられますけど……ねえ、昴さん。急にどうして」
「じゃあ行ってくる」
まるで私の口がそれ以上何も言えないように、勢いよく閉まった玄関の扉。
その風圧に押されながら、私は釈然としない思いで胸をもやもやとさせていた。
やっぱり昴さんは謎だらけだ。
可愛いとか、それからちょっと下品な冗談を言う割に、私に対しての強い想いはあまり感じられないし。
今のやりとりだって、何が彼の気に障ったの全然わからない。
私は深いため息をつき、さっき買ってきたものの整理をひとり始めるのだった。