バターリッチ・フィアンセ
●鬼、覚醒
救急車のサイレンが聞こえる。
赤い光と、せわしなく動く救急隊員の姿もぼんやり見える。
これはもしかして、お母様が倒れたときの……?
お姉さまたちも、私も泣いてる。
そして誰より父が、先生に詰め寄って、泣き叫んでいて――――
――夢の中で、夢だとわかった。
だから、もうあの悲しい日の映像を見ていたくなくて、私はゆっくり瞼を押し上げる。
するといやに近い天井が目に入って、自分の状況を思い出した。
そうだ、私、昨日から昴さんの家で……
ぱっと隣の布団を見ると、そこにはもう彼の姿はなかった。階段の下からも、何の物音もしない。
寝ぼけていたら踏み外しそうな階段を注意深く下り、裸足のつま先を床に付ける。
目の前のキッチンは、昨日食べた後に片づけていなかった牛丼のパッケージがきちんと洗われていて、ラップのかかった朝食のようなものまであった。
その上にふわりと置かれた小さなメモを手に取って、瞼をこすってから読んだ。
【食いたければどーぞ。500Wで20秒】
「なんで、微妙に上から目線……?」
ちょっと悔しくて食べないでいようかとも思ったけれど、お腹の虫は正直で。
試しにラップを剥がして出てきた美味しそうなクロックムッシュを見たら恥ずかしいくらい大きな音が出た。
「……いただきます」
私はそのままお皿をレンジに入れると、指定された加熱時間にちゃっかりダイヤルを合わせてスタートボタンを押した。