バターリッチ・フィアンセ

扉が開く音と同時に背中に涼しい風が当たり、振り返ると昴さんが呆れたような表情で立っていた。


「あれくらいで泣いてんの? ……いや、違う、汗か」


ゆっくり近づいてきた彼が、私の目の前で立ち止まる。

あれくらいで……って言い方にカチンときた私は、背の高い彼を見上げて、キッと睨みつける。


「何であんなこと言ったんですか? あの人たち……もう買いに来てくれないかもしれませんよ?」


さっきの殺気立った主婦たちを見る限り、彼女たちがこのお店に来る理由はパンが目当てなのか昴さんが目当てなのか、少し疑いたくなったもの。


「ああ、それなら平気。“僕に婚約者がいるからって、この店を見放すようなことはありませんよね?”って情けない顔して聞いたら、みんなうんうん頷いてたから」

「……すごい演技力ですね」


たっぷり皮肉を込めて、私は言った。

“僕”だなんて言い方、私の前では一度も使ったことないじゃない。


「うん、ありがと」

「褒めてません!」


噛みつくように私が言った瞬間、オーブンがピピピッと音を立てる。

今までへらっとしていた昴さんの表情が一気に真剣なものに変わった。


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