バターリッチ・フィアンセ
「織絵」
「……はい」
「これから時間差で昼用の調理パンが焼きあがってくから、できたものから店頭に並べろ」
ここへきていきなり命令口調に変わった昴さん。
だけど理不尽な要求ではないから、私は彼の指示に従って大きなミトンを手に嵌めた。
家庭用のオーブンとはけた違いの大きな天板は重く、けれど大事なパンを落としてはいけないと踏ん張りながら、広い作業台に置く。
「そこの冷えたトレーにに移してから、トングで店頭のカゴに移せばいい。商品の場所はポップを見ればわかる」
「は、はいっ」
言われた通りに作業する間も、額や背中から汗が伝う感覚がする。
オーブンを開けたから余計に室温も上がったみたいだし、これは本当に重労働だ。
だけど、今焼きあがった、おそらく定番のコーンとマヨネーズの調理パンから漂う芳ばしい香りが、私にやる気を注入してくれた。
この香り、お客さんにも早く届けなきゃ……!
出来上がったパンを店頭に並べていると、数人のお客さんがパンを選んでいる最中だったので、私は厨房に下がった時に昴さんに声を掛けた。
「あの、お店の方に三人くらいお客さんが……」
「ああ、わかった。今行く。ちなみに次のがもう焼けてるから休んでる暇はない」
「わ、もうですか! わかりました!」
鬼教官とか、鬼コーチとか、そんな言葉が似合いそうな程に昴さんの目つきと口調が怖くて、少し委縮してしまいながらも、私はオーブンへ近づく。