バターリッチ・フィアンセ
○戸惑いのキス


ほとんどの商品が品薄になった午後六時。

noixは閉店時間を迎え、昴さんが店の戸締まりを済ませた。


「あの……この残ったパンはどうなるんですか?」


私は陳列棚を片づけながら、彼に尋ねた。

商品ごとに見れば、残っているのは一つか二つ。もちろん売り切れているものもある。

だけどそれを集めてみれば、十数個の売れ残りがトレーに並び、パン好きの私としてはかなり勿体ないという思いに駆られる。


「ああ、それは廃棄」

「え……捨てちゃうんですか?」

「だって、明日も売るわけにはいかないだろ。たまには家で食べることもあるけど、毎日そんな量持って帰ってたら太る」


そうなんだ……。だから私がピザパンを落とした時にも“余分な生地は作ってない”と言っていたんだ。

余分に作って売れなかったら、捨てるだけになるんだものね……材料も光熱費も、無駄がかさむだけだ。


「それにしても……意外と打たれ強いんだな、織絵」

「え?」


店内にある木製の丸椅子に腰かけ、長い脚を投げ出した昴さんが私を見て言う。


「呆気なく泣き言言ってあの執事に迎えに来てもらうのかと思った」


あのあと、私は自分の決意したとおりに昴さんに仕事を要求し、少し面喰ったような彼に一応簡単な作業を与えてもらうことができていた。

相変わらず昴さんは鬼みたいだったけれど、なんとか大きな失敗をすることなくこの時間を迎えることができた。


「……そりゃ、泣きたかったですけど。でも、あれは私のミスだったし……」


うつむきがちに答えると、昴さんがふっと笑みを漏らした。



「いーね。その根性。こっちもいじめ甲斐ある」


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