バターリッチ・フィアンセ
「まあまあお前たち」
そう言って姉達をなだめるのは、我が親ながら最近渋さに磨きがかかってますます素敵な私たちの父。
「……織絵には織絵の考えがあるんだ。いいじゃないか。父さんだって、一応リストアップする時にそれなりのことを調べている」
白身魚のポアレを口に運び、その味に満足そうな笑みを浮かべつつ、父は話を続ける。
「“ノワ”は店こそ小さいが、地元での評判はピカイチだ。何より店主の城戸くんの気立てがいいと、近所のご婦人たちがこぞって褒めているそうだよ。
彼なら織絵を泣かすことにはならんだろう」
「お父様……」
今まで、“縁談なんて”とちっとも真面目に考えようとしなかったけれど、父の口からこんなに私のことを想う言葉が出てくると、今までの態度は少しひどかったかもしれない、と思う。
同時に、今回の縁談はしっかりと父の顔を立てるような結果に繋げなきゃ、と身の引き締まる思いがした。
お姉様二人は全く納得していないようだけれど、私が幸せになればきっと考えを変えてくれるはず。
父の情報に間違いはないだろうから、昴さんはきっと本当に素敵な方で、何より私の大好きなパンを毎日作っている職人さん。
幸せになれないわけがないわ。
毎日焼き立てのパンに囲まれて、昴さんと笑顔で暮らすの。
私は姉たちに気づかれぬよう、履歴書に貼り付けてある昴さんの写真に向かって、にこりと微笑んだ。