バターリッチ・フィアンセ
「ごめんなさい……そろそろ、電話切らなきゃ」
『あの、織絵お嬢様』
「……なにかしら?」
『本当に……いつでも帰ってきてくださいね。昨日お会いしたばかりですが、やっぱりお嬢様のことが心配で……』
真澄くんの声は、いつになく頼りなかった。
今までずっと箱入りだった私のことを一番よく知っている彼にしてみれば、確かに気が気じゃないのかもしれない。
ただお嫁に行くだけならともかく、その相手がひと癖もふた癖もありそうな人だから。
「ありがとう。私は大丈夫。機会を見てそっちには帰るわ。お父様とお姉様たちにもよろしくね?」
『……わかりました』
なんだか、真澄くんの方が私よりずっと元気がないみたい。
私のことで気を揉んでいるのだとしたら心苦しいわ。
彼を早く安心させてあげられるよう、昴さんとの生活をなんとか軌道に乗せなくちゃ……
通話を終えて部屋に戻ろうとすると、窓枠にもたれた昴さんが黙って私を見ていた。
今の会話は特に聞かれてまずいものではなかったけれど、真澄くんと話していたということがなんとなく後ろめたくて、私はそれを隠すように彼に笑顔を向ける。
「ごめんなさい、せっかく食事を作っていただいたのに。……いいにおい。今日のメニューは何ですか?」
「……わざとらしーよ、織絵」
昴さんが、冷笑を浮かべて言った。
鼓動がいやなリズムに乱れ、私は持っていたスマホを胸に抱いてごくりと唾をのんだ。
「“お父様とお姉様方によろしく”……ってことは、今の電話の相手はそれ以外ってことだろ?」
あ……やってしまった。
なんて考えの足りない女なんだろう、私。
昴さんにはもう見当がついてしまっているみたい……私が、真澄くんと話していたってことが。