バターリッチ・フィアンセ


「ぁ……ふっ」


私……ファーストキスなのに。

ときどき与えられる息継ぎの瞬間に、はしたない声が出てしまう。

……どうか隣人たちは家の中にいてくれますように。

声を抑えることができない代わりに、今にも崩れそうな膝で自分を支えながら、私はそんなことを願う。


今……私、バターみたい。昴さんの作るパンに入っているバター。

今、彼に溶かされている最中で、これからその手に捏ねられてしまうんだ。


段々と思考までもが正常じゃなくなってきて、バターになりきってしまった私はただ、絡みつく熱くて柔らかい感触に、身を任せていた。



――どれだけそうしていただろう。


お互いに熱い吐息を漏らして唇を離すと、舌でぺろりと自分の唇の端を拭った昴さんは、酸欠気味で苦しげな表情を浮かべる私を満足そうに見つめた。

その妖艶な笑みに、もうキスは終わっているというのに、ぞくりとした快感が全身を駆け巡る。


「……慣れてない割には、イイ顔。“もっとしてください”って感じ」

「そんなこと……っ!」


反論しようとして、でも、“そんなことない”って、はっきり言えない自分が居ることに気がついた。

やだ……私、どうかしてる。この人は婚約者だけれど、まだ本当に愛し合っているわけじゃないのに。


昴さんはそんな私を見透かしたかのように、ふっと鼻から息を漏らす。


「本当はすぐにでもこの先に進もうと思ったけど……やめた。織絵の反応が楽しいから、もっと時間をかけて、ゆっくり落としたい」

「……ゆっくり、落と、す……」

「そ。パン発酵させるみたいに」


さっきまでの妖しげな雰囲気はどこかに消え去り、昴さんはお茶目に笑った。


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