バターリッチ・フィアンセ
……どれが本当のあなたなの?
接客中の人当たりのいい昴さん。
仕事中の厳しい昴さん。
今みたいに、ちょっとこっちが警戒心を緩めてしまうような笑顔の昴さん。
甘い鱗粉をまき散らすように、色気の溢れていたキスの最中の昴さん。
そして……
「あの……さっきの質問、なんですけど」
私は昴さんを上目遣いに見つめて言った。
『長い、間……? 私たちが出逢ったのは、ついひと月前のことじゃ……』
私がそう聞いた時の、暗い瞳をしたあなたは、一体――……
「“さっき”……って?」
「……とぼけないでください。私たち、あのお見合いの日に会ったのが初めてでしたよね? なのに、昴さんの方はそうじゃなかったみたいな言い方をしたのはどうしてですか……!?」
もしもそうなら、何故教えてくれないの?
キスでごまかしたつもりなのかもしれないけれど、私は納得してない。
思わず熱くなる私をなだめるかのように、ベランダを生ぬるい風が吹き抜けた。
昴さんの前髪が揺れ、その間から覗く瞳は私に何も教える気がないという意思表示の代わりなのか、伏せられていた。
「……いい加減、メシが冷める」
そう言うと昴さんは私に背を向け、部屋に戻って行ってしまう。
その後ろ姿を見ていると、私の胸はざわざわと乱れた。
この共同生活は、父の用意した履歴書から、彼を偶然見つけた私が選んだもの。
そう思っていたけれど、もしかして、違うの……?
ねえ、昴さん。私たちはどうして出会ったの?
他でもないあなたの口から、教えて欲しいのに――――。