バターリッチ・フィアンセ
引きつった笑みでその場をごまかそうとする私を、昴さんは一瞥しただけで責めたりはしなかった。
「……意外に早く起きたな」
……え。それだけ……ですか?
拍子抜けして立ち尽くす私の横を、パンを並び終えたらしい昴さんが無言で通り抜けようとする。
その一瞬で見えた彼の持つトレーの上にはひとつだけパンが残っていて、私は彼の背中にこんな疑問を投げかけた。
「そのパン……並べないんですか?」
「ああ、まあ。これはちょっと……」
返ってきたのはどうしてか歯切れの悪い返事。
ちょっと、どうするというんだろう。特別なお客様にお取り置きとか?
首を傾げながら、私も彼に続いて厨房に戻る。
ひとつだけ残ったパンは、昴さんがお客さんに渡す時と同じ包装を施そうとしていて、それなら私にもできることだからと思い、こう申し出た
「包むのなら、私がやりますよ?」
「……いい。これは売りもんじゃないから」
断る、というよりは、拒否に近いものを感じさせる冷たい言い方をした彼。
仕事中に優しくないのはもう慣れているけれど、昨夜、“お仕置き”という名目とはいえ甘い時間を共有した記憶がまだ鮮明に残る私は寂しく感じてしまい、なんとか話を続かせようとした。