バターリッチ・フィアンセ
「それ……くるみパン、ですよね?」
「……ああ」
「やっぱり! 私、パンの中で一番好きなんです。お菓子みたいに甘いパンも、味付けの濃い惣菜パンも美味しいですけど、やっぱり生地の味わいが感じられるようなパンが結局は恋しくなるんです。くるみの風味も素朴で優しいし」
彼の隣でにこにことくるみパンの魅力を語っていたら、突然ステンレスの作業台が激しい音を立てた。
どうやら、昴さんが蹴ったらしい……と気付いたのは、作業台の足元に備え付けられた収納の扉が、見事にへこんでいたからだった。
「昴、さん……?」
彼の全身から、刺々しいオーラが出ているのを肌で感じて、私は急に不安になる。
どうしよう、私、何か悪いことを言った……?
その疑問がまるで届いたかのように、苛立ちの滲んだ彼の声が、私にこう告げた。
「――もう黙ってくんない?」
ズキン、と鋭い痛みが胸に走った。
仕事で何かミスした私を叱るときとは違う……静かで、それでいて激しい怒りが、声だけでなく、私を蔑むような表情から伝わってきて……
「ごめん、なさい……」
何に対して謝ればいいのかわからないけれど、物に当たるほどのことを言ってしまったのだということだけはわかるから、震える声で、私は謝った。