バターリッチ・フィアンセ
少しの沈黙の後で、相変わらず不機嫌そうな様子の昴さんが言う。
「……倉庫から粉持ってきて。ここにあるの少なくなってきたから。それ終わったらすぐカスタード作り」
「粉……?」
「強力粉の一番でかい袋。台車使っていいから今すぐに」
「は、はい!」
この気まずい空気から抜け出せることには、正直少しほっとしたけど……
いつもの“鬼”とはまた違う昴さんの様子が、胸に引っかかる。
その原因は、くるみパンの行方と関係があるような気がするのは、私の思い込みかな。
よく考えたらこのお店の名前だって……noix、フランス語でくるみ、だし。
一体、あのパンは誰のために取っておいてるんだろう。
もしも……女性だったら。そう思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。
私との婚約は、たとえば三条家の財産が目当てで……本当に好きな人は別にいて。
だから私に優しくする必要もないし、仕事中はこき使えば便利だし、夜は体の相手もさせられるし……と、そこまで考えて激しく首を横に振った。
勝手な妄想で昴さんを疑うのはやめよう……ええと、強力粉、よね。
薄暗い倉庫の電気をつけて、見渡した部屋の隅に言われた通りのものを見つけると……ついさっき彼を信じると決めた心が、ぽきりと折れそうになる。
「二十五、キロ……?」
そんな重い物を持ってこいという指示は、ただ仕事を頼むレベルじゃない。
私がここでこうして、途方に暮れるのを知ってわざと頼んだとしか思えない。