バターリッチ・フィアンセ
昴さんの態度が柔らかくなってきたのは、忙しさがピークになるお昼の時間帯を過ぎた頃だった。
「――よく見たら、今日すっぴんなんだな、織絵」
二人で店頭のパンの補充をしているとき、ふいに彼がそう言った。
仕事のこと以外で話しかけられたのがその日初めてだったから、私はびっくりして何度も瞬きをしてしまった。
「そ……そうなんです。朝、時間見て慌てて出て来たので、せっかく作っていただいたご飯も、手を付けてなくて……」
「え。そうならそうと早く言えよ。休憩やるから、どっかでなんか食べて来れば?」
うそ……まさか休憩をくれるだなんて。まるで、さっきまでとは別人みたい。
「い、いいですよ。悪いのは私だし」
「何遠慮してんの。朝イチでお腹ぐーすか言わせてたくせに」
「そ、それは……」
そういえば、あの恥ずかしい音、聞かれていたんだった……
恥ずかしさからうつむく私に、昴さんが明るい調子で言う。
「じゃー裏でなんか作るから、一緒に食べるか。俺も腹減ったし」
「え……」
「何がいい?」
人懐っこい笑顔で聞かれて、さっきまで沈んでいた心にじわじわ栄養が与えられるような気がした。
どうして急に鬼が姿を消したのかは、全くわからないけど……
二人で一緒に食事ができること、ただそれが嬉しいから、今はそのことだけ考えよう。
そう都合よく気持ちを切り替えて、私は昴さんと一緒に厨房へと下がっていった。