バターリッチ・フィアンセ

久しぶりの我が家は、平日の昼間ということもあって父も姉たちも不在らしく、静かだった。

自分の部屋に入るなりバッグを放り投げ、大きな天蓋つきベッドに倒れ込むようにして身体を横たえた。


ここ……昴さんの部屋の、三倍はあるかしら。

疲れて動かない身体の、目だけを動かして自分の部屋を観察する。

22年間ここに住んでいたわけだから、当然落ち着くし、心が休まる。

だけど……こんなに広い部屋に一人っていうのは、ちょっと寂しい気もする。


コンコン、と部屋の扉がノックされた。

ベッドから身を起こして扉を開けば、アンティークのサービスワゴンに飲み物とお菓子を乗せてやってきた真澄くんがそこにいた。


「冷たいピーチティーはいかがですか? ご一緒にマカロンもお持ちしました」

「ありがとう。入って」


贅沢に切られた桃の果実が入ったピーチティーをグラスに注いでもらい、小さなテーブルを挟んだソファで真澄くんと向かい合う。

爽やかな風味の紅茶を一口飲んでから、私は口を開いた。


「真澄くん……聞いてもらってもいいかしら」

「もちろんです。……城戸さんのこと、ですよね?」

「うん……そう」


私は、昴さんの見せる色々な顔の中でも、一番気になるあの暗い瞳と、それからお見合い以前に私たちが会ったことがあるかもしれないという話を真澄くんにした。


「彼と会った記憶は、お嬢様にはないのですか?」

「ええ。全く」

「気になりますね……でも、たとえ会ったことがあるとしても、城戸さんをお嬢様の結婚相手の候補として選んできたのは旦那様ですから、そこに彼の意思があるはずがないのに」


……そう、なのよね。私もそこが納得できない部分。

真澄くんに相談してもやっぱり解けない謎にため息をつき、私はマカロンに手を伸ばした。


< 66 / 222 >

この作品をシェア

pagetop