バターリッチ・フィアンセ
たった半日放っておかれただけなのにこんなことを言う私を、昴さんは笑うかな。
でも、本当なの……慣れ親しんだあの広い家より、あなたの隣にいれることが、嬉しいの。
昴さんは、夕陽に照らされていつもより明るく輝く髪に手を差し込み、くしゃっと自分の髪を掴みながら言う。
「織絵のそーいうとこ、すげーやりづらい」
「……やりづらい?」
「あー、こっちの話。そうだ、それより――」
また、そうやって話をはぐらかす……。
少し不貞腐れる私に、昴さんがスマホの画面を見せてきた。
そこに映るのは、緑に囲まれたログハウスのような建物。
「来週の休み、ここ泊まりにいこ」
「ここは?」
「友達がやってるペンション。さっきまで、山梨からちょうどこっちに出てきてたその友達と会ってたんだ。
こんな直前に頼んでもダメだろうと思ったけど、ちょうど一部屋キャンセルが出たらしくて」
山梨の、お友達……今日会う予定だったのって、もしかしてその人……?
お友達を、“大切な人”と表現してもおかしくはないわよね……あ、でも、確か女性って言ってたんだった。
「お友達は、男の人ですよね……?」
「男っつーか、夫婦で友達だから、両方?
その二人とは専門学校で一緒だったんだ。男の方とは、修業した店も一緒。でも、そいつはパン屋の夢を諦めて、親の仕事を継いだ。
もちろん、ペンションでもパン作りの腕を振るう機会はあるみたいだけど」
私は、後半部分をほとんど右から左へ聞き流していた。
だって、会っていた女の人はただのお友達。
しかも、すでに結婚しているだなんて。私の心配は杞憂だったんじゃない!