バターリッチ・フィアンセ

たった半日放っておかれただけなのにこんなことを言う私を、昴さんは笑うかな。

でも、本当なの……慣れ親しんだあの広い家より、あなたの隣にいれることが、嬉しいの。


昴さんは、夕陽に照らされていつもより明るく輝く髪に手を差し込み、くしゃっと自分の髪を掴みながら言う。



「織絵のそーいうとこ、すげーやりづらい」

「……やりづらい?」

「あー、こっちの話。そうだ、それより――」



また、そうやって話をはぐらかす……。

少し不貞腐れる私に、昴さんがスマホの画面を見せてきた。

そこに映るのは、緑に囲まれたログハウスのような建物。


「来週の休み、ここ泊まりにいこ」

「ここは?」

「友達がやってるペンション。さっきまで、山梨からちょうどこっちに出てきてたその友達と会ってたんだ。
こんな直前に頼んでもダメだろうと思ったけど、ちょうど一部屋キャンセルが出たらしくて」


山梨の、お友達……今日会う予定だったのって、もしかしてその人……?

お友達を、“大切な人”と表現してもおかしくはないわよね……あ、でも、確か女性って言ってたんだった。


「お友達は、男の人ですよね……?」

「男っつーか、夫婦で友達だから、両方?
その二人とは専門学校で一緒だったんだ。男の方とは、修業した店も一緒。でも、そいつはパン屋の夢を諦めて、親の仕事を継いだ。
もちろん、ペンションでもパン作りの腕を振るう機会はあるみたいだけど」


私は、後半部分をほとんど右から左へ聞き流していた。

だって、会っていた女の人はただのお友達。

しかも、すでに結婚しているだなんて。私の心配は杞憂だったんじゃない!


< 71 / 222 >

この作品をシェア

pagetop