バターリッチ・フィアンセ
墓参りを終えて、次の目的地に向かう途中で織絵に電話を掛けた。
……今のところ、織絵は少しずつ俺に惹かれているように見える。それは計画通りだが、邪魔な存在が一人いる。
そいつをちょっと威嚇しておこうと、俺は織絵に頼んで奴を電話口に出してもらった。
『もしもし、お電話代わりました』
「――あー。執事くん? 今日は俺の目がないからって織絵にやらしーこととかしてないだろうな?」
羊の皮を被った狼……俺は伊原真澄という織絵の執事を、勝手にそう呼んでいる。
織絵を見る奴の目に滲む感情は誰が見たってわかるのに、それでいて従順な姿勢を崩さないやり方が、気に食わない。
だから、織絵が奴に特別な感情を抱いてないと確信していても、突っかかって喧嘩を売りたくなってしまうのだ。
『……したと言ったらどうするんですか?』
「そりゃ、許すわけにはいかないね。織絵は俺の婚約者なんだから」
――そして、大切な生贄。心の中で、そう付け加えた。
『あなたは、一体どうして織絵お嬢様を不安にさせることばかりするんですか』
真剣に怒ってる声を聞いて、俺はばかばかしくなってきた。
お前だって下心あるくせに、何を正義漢ぶってんだか。
挑発するのは楽しくても、こーいう奴と真正面からぶつかるなんて、時間と労力の無駄だ。
俺はため息を吐き出し、伊原に告げる。
「もうあんたと話すことないから、織絵に代わってくんない?」
『城戸さん!』
……どうやら織絵を出す気はないらしい。
俺は仕方なく一旦電話を切ることにし、やかましい執事の声をシャットアウトした。
伊原のことは敵……というほど大きな障害物には感じないが、織絵が弱ったらすぐにつけ込んでくるだろう。……本当に邪魔な奴。
俺はスマホをポケットにしまうと、小さく舌打ちをした。