バターリッチ・フィアンセ
冷房の効いた店内に入ると、懐かしい男の声が俺を呼んだ。
「――昴、こっち!」
窓際のテーブルで、大きな身を乗り出し俺を手招きするのは専門学校時代の友人、清水達郎(しみずたつろう)。
その隣には、同じく友人の、そして達郎の嫁でもある美和(みわ)が手を振っている。
美和が好きなバンドのライブが東京であるから、予定が合えばその前にメシでも、と誘われて、俺が承諾したのだ。
「……相変わらず仲よさそーだな」
俺が来る前から、向かい合わせではなく隣り合って座っていた二人の姿が、学生時代から変わらない“イタイカップル”のままだったから、俺は思わず笑ってしまった。
「私は恥ずかしいって言ったのに、たっちゃんがね」
「なんだよ、みーちゃんは嫌だったワケ?」
……懐かしいな、このしょーもない痴話げんか。
ベタベタと暑苦しい目の前の二人には昔から呆れつつ、けれど、心のどこかで羨ましいと思う自分もいた。
家があまり裕福じゃなかったせいか、子どもの頃からあまり人やモノに執着せず、何に対しても諦めに似た気持ちを胸に抱いていた俺。
多少の恋愛はしてきたものの、付き合いは淡泊なくせに、身体は積極的に求める俺を、“信用できない”と言われて振られるのが常だった。
そりゃー、だって。性欲はあるし。俺なりにはキミのこと、好きだったんだけどな。
一度、そう言ったら平手打ちが飛んできたので、それ以来、去る者は追わないスタイルを貫くことにした。
しかしそれがまた軽薄に見えるらしく、つまり俺は、女子の言うところの“サイテー男”に分類されるようになっていた。