バターリッチ・フィアンセ
「織絵さんてさ、処女?」
――え?
突拍子もなく投げ掛けられた質問。
その意味がわからなくて目を瞬かせる私に構わず、城戸さんは続ける。
「ほら、もしそうだったらこっちも抱くときに色々気を遣うし、一緒に暮らすようになる前に聞いとかなきゃなと思って」
「……は、はぁ?」
「で、どーなの」
頬杖を突き、興味深そうな目をして私の顔を見つめる城戸さん。
なんだか、さっきまでとは別人のような気がするのは気のせい……?
でもこの人は、柔らかくていい香りがして、口に入れれば天国にまで行ける、あの私の愛するパンを作っている職人さんなのだ。
私を悪いようにするわけがない。
「……そのような経験はありません。男性とお付き合いしたこと自体がありませんので」
城戸さんを信じてそう告白すると、彼はなにやら難しい顔をして考え込んでしまった。
そしてまたこっちを見たかと思うと、今度はにっこりと微笑みかけてきた。
「そっか、ちょっと面倒だけど、顔が可愛いから許す」
私を、悪いようにするわけが……
「ああでも、疲れてるときは織絵さんを思いやれるかどうか微妙だから、その変は覚悟しといて? 何せパン屋って結構重労働――――」
「な、なんなのあなたは! さっきから失礼な発言ばっかり!」
これはさすがに淑女の私でも見逃せない。
だいたい昼間から何を言っているんだろう。
さっきは綺麗だなと思ったその顔立ちも、まるでそれを売りにして女性からお金を巻き上げるホストみたいに見えてくる。
私のパンに対する愛と、パン職人に対する敬意を踏みにじらないでほしいわ……!
一気にヒートアップした私は、懐石料理の並んだテーブルに身を乗り出し城戸さんを思いきり睨んだ。