バターリッチ・フィアンセ
●曖昧に繋がって
東京から二時間ほど特急に揺られて着いた駅から、バスに乗り換えさらに二十分。
昴さんに手を引かれ、高原の風に背中を押されるようにして辿り着いたのは、こじんまりとした、可愛いログハウス風の建物。
そして私の嗅覚に間違いがなければ……森の香りに混じって、芳ばしい焼き立てパンの香りが辺りに漂っている。
「いいなーこういうとこ。綺麗な水も新鮮な野菜も手に入りそうだし」
昴さんが、ペンションを囲む森の緑を眺めながらそう呟く。
確かに、こんな自然豊かな環境でパンを作れば、同じものでも美味しさが増すような気がする。
「いこ、織絵」
「はい!」
私たちは手を繋いで、建物の入り口に向かう。
――最近の昴さんは、とても優しい。
私が仕事に少しは慣れてきたせいもあるのかもしれないけれど、あれ以来“お仕置き”はされないし。
それに、そんな口実がなくたって、ふとした時に抱き締めてくれたり、キスをしてくれるようになった。
昴さんはそういう空気を作り出すのがうまくて、私はすぐにその甘い雰囲気にのまれてしまうのだ。
それでもまだ、一線は越えていない。
きっと、今日か明日……その時はやってくる。
今の昴さんなら、私を大切に抱いてくれるような気がするから、私もきちんと心の準備を整えて、今日はここへ来た。