バターリッチ・フィアンセ
カラン、とベルを鳴らして玄関に入ると、すぐに奥から女性が出てきて私たちを出迎えた。
デニムのシャツに、薄いベージュのエプロンを付けたその女性からは、お菓子のような甘くていい香りがする。
「いらっしゃい! 待ってたよー。昴とその婚約者さん……織絵さん、でしたっけ?」
「はい! 三条織絵と申します。昴さんとは学生時代のお友達なんですよね?」
「そうそう。私は清水美和。ダンナはちょっと今手が離せないんだけど、後で挨拶させますね」
ハキハキと喋る、感じの良い女性だなと思って微笑んでいると、隣で昴さんが肩を震わせて笑っているのに気が付いた。
「……ダンナ、ね。今日は“たっちゃん”じゃねーの?」
「ちょっと! 初対面の人の前でそういうこと暴露するんじゃないわよ!」
美和さんは、顔を真っ赤にして昴さんの頭を軽くはたく。
「いいじゃん別に、これからは織絵とも長い付き合いになるんだからどーせばれるし」
「そういう問題じゃ……!」
喧嘩のようにも見えるけど、きっと昔からの友達だからそうやってふざけ合えるんだろうなぁと思うと、羨ましい気持ちになった。
私にももちろん友達はいるけれど、私の通ってきた学校ではどうしても家柄の“格差”みたいなものをみんな気にしていて、そこまで踏み込んだ関係になれた友達は、一人もいなかった。
今の昴さんと美和さんみたいに、思ったことをそのまま言い合ったことなんて、一度もない。
姉妹の間でだって、上の二人はよく喧嘩していたけれど、私はその勢いに押されて口をつぐむばかりで……言いたいことは、いつも飲みこんでいた。
「……織絵?」