バターリッチ・フィアンセ
昴さんは、あまり自分のことを話してくれない。
本当はいろいろ聞きたいのだけれど、そういう話題になりそうになると、うまくはぐらかされてしまう。
だから、いつもよりゆっくりと時間を過ごせるこの旅行で彼との距離をさらに縮め、そして昴さんの方から話す気になってくれたらベストだなんて思っていたのだけれど……
もう、聞かずにはいられない。
部屋に入り、二人きりになると私は意を決して口を開いた。
「昴さん……聞きたいことがあります」
彼は二泊分の荷物が入ったボストンバッグをドスンとソファに下ろし、レースのカーテンがかかった窓際に近付くと、私の方を見ずに返事をする。
「……なに」
「お母様のことです。前に亡くなったって言ってましたけど、そのことで、何か悩んでいるのではないですか? 私でよければ、力になりたいです……
だって、私はあなたの婚約者なんですもの」
私の理想の夫婦像は、自分の父と母だ。
仕事で忙しい父を、いつも美味しい手料理で、労いの言葉で、ときにはスキンシップで癒してあげていた私の母。
そして、父はそんな母を本当に愛していた。
子供の私からすれば少し恥ずかしいくらいに、二人は仲睦まじい様子を周りに隠さなかった。
そんな夫婦だったから……母が亡くなった時の父の取り乱し方は、尋常じゃなかった。
大切な人がこの世を去る悲しみは、あの時に痛いほど理解した。
もし昴さんも、彼のお母様の死によってどこか心に深い傷を負っているなら、その痛みを少しでも私が和らげてあげたい。
そう思うのは、いけないことじゃないわよね?
昴さんの心の内を、どうか私に見せて下さい――。
私はそう願いながら、彼の背中を見つめていたのに。