バターリッチ・フィアンセ
「織絵さんはさ」
全く動じていない様子の彼は、鯛のお造りに添えてあった穂じそを指で摘んでくるくる弄んでいる。
「な、なによ」
「きみのお父さんも言ってたけど、パンが大好きなんだよね?」
……今度は、パン。この人の話の組み立て方がよくわからない。
確かに好きだけど、今はその情熱を語る気にはとうていなれない。
「好き、ですけど。だからこの縁談も受けましたけど。城戸さんの人格にいささか問題を感じているので、あなたと結婚するかどうか迷っているところです!」
早口でそう言って、彼から顔を逸らすように庭園の方を向いた私。
ああ……こんなお見合いになるとは思ってもみなかった。憧れのパン職人さんに、こんな言葉を投げかけることになるなんて……
父の顔を立てたいという思いも叶いそうになく、唇を噛みしめる私。そんな私の前に、コトリと何か硬いものが置かれる音がした。
「パン好きな織絵さんに、お土産」
そう言われて、そうっと視線を目の前のテーブルに落とす。
物で釣ろうだなんて、本当に姑息な人だわ。
でも、“パン好きな私に”って、一体何を――――
「それ、一般には出回ってないハチミツ。
風味は最高、でも甘さが穏やかで、うちの店のパンのいくつかにも使っているものです」
「綺麗……」
思わず手に取って、琥珀色の小瓶を眺める。
これを、パンに塗ったらさぞかし素晴らしい味と香りがするんでしょうね…………って。
「よかった、気に入ってもらえたみたいで」
気が付いた時には城戸さんが、テーブルの向こうで無邪気に微笑んでいた。