バターリッチ・フィアンセ
「お嬢様って、花火とかやったことあるんですか?」
美和さんに聞かれて、私は首を横に振った。
「実は初めてなんです。やってみたいなぁってずっと思ってたんですけど、父が、顔にやけどでもしたら大変だからって、許してくれなくて……」
兄弟の中に男の子が一人でもいれば違ったのかもしれないけれど、三条家は三姉妹。
少しでも危険を伴う遊びはほとんど許してもらえなかったのだ。
「――じゃ、織絵は本日二度目の“初体験”だ」
マッチを擦り、地面に固定したろうそくに火をつけた昴さんがそんなことをしれっと言うものだから、私は持っていた花火のパッケージを手の中から落としてしまった。
美和さんたちの前で、なんて恥ずかしいことを言うの、この人は……!
隣の昴さんをキッと睨みつけても、彼はふうっとマッチに息を吹きかけて余裕の笑みを浮かべるだけ。
「そういやカラダ平気? あんま加減してやれなかったけど」
「なっ……! あなたはどうしてそういう、生々しい話を……っ」
私が激しく怒れば怒るほど、昴さんは楽しそうにけらけらと笑った。
そんな私たちを見て美和さんご夫妻も微笑んでいて、私は恥ずかしくてたまらなかった。
もしも、今ここに真澄くんがいたら、“お嬢様を侮辱するのはやめて頂きたい!”と怒鳴るのだろうなと思った。
けれど、そうやって守ってくれる人がいない今の空気感は、とても自由で解放感に溢れていて――
花火の準備が整った頃には、揺らめくろうそくの炎を見ながら、本日二度目の“初体験”に向けて、胸をワクワクさせている自分がいた。